炎症性腸疾患(IBD)のひとつである潰瘍性大腸炎(UC)と特発性大腿骨頭壊死(ION)の人のちょっとした日々。
本の感想を主に書いてます。
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もう一回蹴りたかった
  とうとう読んでしまった。前評判としていまいち・・・みたいなことを聞いていたので、長い間読む気になれなかったのだけど、古本で買ってしまった。届いてすぐに読んで、ほんとにほんとに号泣しながら読んで何度も途中で涙を拭いた。内容はとあるJリーガーがIONと闘ってきた日々。

 サッカーに詳しくない人は望月重良という名を知らない。事実わたしは知らなかった。しかしこの本に出てくる名波やカズの名なら知っているだろう。望月は彼らと関わりあいながらおよそ10年Jリーガーとしてさまざまなクラブを渡り歩く。Jリーガーとしてはあまり恵まれないといえるかもしれないが、それまでは彼の属するクラブは小・中・高・大学とすべて日本一になっており、まさにサッカーのエリートとして育ってきた。彼自身はエリートと思ったことは一切ない、と言っている。この本を読めば本当にそうなんだろうと思う。純粋で素直で、新しい場所に行くときはいつも自分がそこで何かが得られるかをポイントとしてクラブを選ぶ。格好いい先輩、上手い先輩が大好きだ。幾分プライドが高く、甘えがあり、根性がないところがある。もっと悪く言えば自分勝手、自己中心的なところは否めないだろう。けれどどうしたってIONからは逃れられなかったのだ。
 ある異変に気づいてそれでも無理してプレーしててIONと宣告され、それからは2年と決めて地道にリハビリをする。なんどもめげそうになる、けどただ一つ思っているのは「もう一度ピッチに立ちたい」というその信念だった。彼はステロイド性でもアルコール性でもなく完全な特発性だ、もちろん原因は不明。全国津々浦々10人ほどの医者に診てもらったらしいのだが「サッカーを続けられる」といった医者はいなかったそうだ。私自身IONだから言えるけどそらそうだと思う。この病気はいかにして股関節への負担を減らすかがポイントである。水泳くらいだろう出来るのは。サッカーなんてどう考えても無理だと思う。けど簡単に受け入れることができなかったという気持ちももう十分、痛々しいほどわかる。彼は今はまったく手術をせずに普通に歩けているらしい、それだけでも良かったね、って私は思うくらいだから。
 高校の先輩である名波が何度も望月を気にかけて一緒に練習しよう、など言うんだけど、どう見てももう駄目だと思ったね、と書いてある。「アイツは自分の状態を伝えるときにちょっとカッコつけるというか、言葉が足りないというか、状態をいいように伝えるってところがある」「あいつは良くなってる良くなってるっていうんだけど、どこを基準にそう言っているのか分からない」って言ってる。厳しい、厳しすぎると私は思うんだけどそれがプロの世界なんだろうな。でも良くなってるって言いたい気持ち本当もう痛すぎるほどわかる。私もよく友人に聞かれてて「良くなってるよ」「70点くらいになってるよ」って言ってる。自分としては本当に・・・あの術後の悪い時期も見てるからそう言えるし、日によって良い日も悪い日も自分は毎日って言っていいほどこの足の状態を見てるから、全体的に言えばやっぱり良くなっているし、良くなっているといいたいという気持ちもあるのだ。名波は全然Jリーガーのレベルなんかじゃない、って言っているけど、そこまでのレベルに戻るためにもちろん本人も努力してたんだろうけど、「良くなってる」って言いたい気持ちも本当に理解できて・・・・この辺でもう号泣。
 しかし結局彼らの練習についていけないことで望月は引退することを決める。そして指導者になろうと決める。しかし指導者になるにも手にとって練習を教えることはIONのため難しいだろうし、彼自身が人づきあい苦手だからそういうのを治さないとって言っている。その通りだと思う。自分にもまた然りである。
 非常に印象的だったのが最後のカズの言葉。カズとは望月は京都パープルサンガで一緒であり、その後も横浜FCなどでチームメイト、カズの練習に対しても100%で取り組むというその姿勢を彼は現役時代には理解できなかった。望月が言うのは本番で力を出せなくなったら意味が無いから、だから調整調整、温存温存だった。カズは望月に対してもっと努力しなければならない、今日がなかったら明日はもうない、と再三言ってきたが、望月はしなかった。

 (前略)でもこの病気は最終的には自分で招いたかもしれない。努力をしないで才能だけでプレーしてきたから筋肉が落ちてきたときに支えられなくなったんだろう。それを誰かが、背中を押してやらせてくれる人がもう少し若い頃にいればよかったのかもしれない。でも誰かがいれば・・・そういう選手はたくさんいるからね。それでもあそこまでプレーしたのがシゲのすべての実力なんだ。自分でマックスまで追い込んだらここまでのパジォーマンスはできないと思い込んでいる。それが言葉は悪いけどシゲの限界だった。よく誰々は天才だったけど、もっと練習していれば・・・って言うでしょ。でもね、それも含めてのキャパであり実力だから。シゲも俺はもっとやればいいのにと思ったけれども、あれがシゲのスタイルであり、選手としての力、レベルだった。でもシゲはシゲで一生懸命やったよって言っているから、それはそれでいいんじゃないかな。徐々に足が悪くなったのも、力のうちのひとつだから。(中略)だけど横浜FCに来たときは一生懸命やっていたね、必死でやることが大事だということがわかったんだろうね。あの足で、苦しい顔をして追い込んでいた。でも頑張るのが遅かったね(つづく)

 元々頑張ることができなかった彼が悪いのか、頑張っていたとしても難病になっていればどうしようもなかったことなのか、頑張っていれば難病は彼に襲わなかったのか、すべてのことは今では仮の話にすぎない。それでもこのカズの言葉を聞くと、厳しいなぁと思うし、同時にカズは本当のプロフェッショナルなんだなぁとも思う。然るべき時期に然るべき量の努力をしなければ、取り返しが付かない思いをするし、どんなことをしても失われたものは取り戻すことは出来ないと私も思う。この本で望月は勿論難病になんてならないほうがよかったけれど、なったからこそ分かるものもある、自分の状況がいかに恵まれていたかということ、友人、家族の大事さ、敗者のメンタリティ・・・と挙げているけど、これこそ驕りにすぎないのではないかとさえ感じてくるカズの言葉だ。本当のプロはそういうのを失う前にちゃんと分かっているし、失っては取り戻せないということも理解している。中澤のインタビューなんか呼んでても非常にストイックで、そうなんだろうなぁと思う。私もこの病気になったからこそわかるなんて言ってたりするけど、もっと然るべき時期に然るべき努力をしてくるべきだったんだろうな、って思う。だから10万人に1人の難病に自分がかかってしまったというよりも、結局は自分で招いたものなのだという原罪的な部分を感じずにはいられない。

 かといって望月はやはり相当苦しい思いをしているので、彼に同情しないわけにはいかない。彼の病気と闘う努力のすべてが、自分と照らし合わせてしまって・・・。痛いか痛くないかではない、やれるかやれないか、その言葉にあるとおり、やれるかやれないかなんだって思う。私がIONで自宅でひとりリハビリしてても、今日はもういいじゃん的なことを思う日も当然ある。どうしたってある。けどそこで痛いか痛くないかではなく、やれるかやれないかっていう言葉がすべてなんだと思う。痛いからしない、やりすぎたら骨頭が圧潰するっていうのはただの言い訳で逃げてるだけなのかもしれない。とにかくIONはその本も少なく、そして体験記もないことから、非常に参考になった本でした。

 怪我であれば全治○カ月などで終わる、けど難病は治らないという言葉があって・・・はっとさせられた。私は先生に何度も何カ月で治りますか?普通に歩けるようになりますか?って問い詰めてたんだけど、先生はいつも半年くらいかな・・・とか小走りくらいなら出来るんちゃう?とか曖昧な答えを返すだけだった。何でよ、はっきりしてよって私は思ってたけど、そもそも難病だからそんなに簡単に治らないのだ。改めてこの難治性疾患ということを認識した本だった。
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